京町銀天街(きょうまちぎんてんがい)とは
京町銀天街は、小倉駅 小倉城口(南口)を出てアーケードに入り、スーパーチケットから西へ、紫川さくら通り沿いまでの範囲となる。
小倉祇園祭での京町銀天街の特徴の一つ目は、山車の高さ、そして天辺には大きな赤い傘。遠くからでも「あっ、あそこに京町がいる」と目印になる。その高さから、他町内とすれ違うときにアーケード内の吊り看板で傘を破かないかヒヤヒヤする。それも京町銀天街の山車ならではの体験だ。そしてもう一つの特徴は、踊るような太鼓(カン)の打ち方。毎年、京町の伝統としての踊るような打ち方を尊重するか、競演会に合わせ、寄せていくか、太鼓指導者の中で議論となる。これもまた京町銀天街ならではの悩みだろう。
小倉祇園祭の様子
京町銀天街の小倉祇園祭は7月第一週目の練習から始まる。皆、えんじ色の京町Tシャツを着用し、首から名札を提げる。昨年どれほど上手に太鼓を叩けたとしても、ドロの練習からステップアップする方式をとっており、指導者から「合格」をもらうと名札のシールが増えていく。大人の踊るようなカン打法がかっこよく映り、カンを覚えたがる子供もいるが、正しい打ち方で合格をもらわないとそこまで辿り着けない。練習最終日に競演会のメンバーを発表する。まさか自分が!と喜ぶ子もいれば、練習してきた努力が報われず涙する子もいる。京町銀天街は、年齢に関係なく小倉祇園に対して熱い思いを抱いていることがわかる。
本番初日は、町内廻りから始まる。その後、魚町銀天街(魚一・魚二・魚三)及び旦過市場と一緒になり合同打ちを行う。アーケードの中を5町内会が縦列し、一斉にヂャンガラと太鼓が鳴り響く音色は圧巻だ。各々の山車から離れ、5町内の浴衣と打法が入り乱れ、最後は小倉ゑびす締めで心ひとつにまとまる。
二日目は競演会に出場する。最近では少年組が2018年13位、2019年10位と成績を伸ばしている。競演会の後は、初日と同じルートで町内廻りを行う。少し休憩した後、何となく誰かが太鼓を叩き始め、それを応援するかのようにヂャンガラが入り、気付けば小林文具店前で打ち込みが始まっている。
最終日は廻り祇園の後、京町ダイソー横で打ち込みを行う。「あと5分!」「あと1分!」とカウントダウンしながら名残惜しくも笑顔で時間いっぱいまでその年の小倉祇園太鼓を楽しむ姿は、皆同じだ。
京町銀天街の歴史
京町銀天街は、昭和42年頃に旧 京町一丁目・京町二丁目・京町三丁目が統合してできた町内会だ。今もこの3町内の区分けで毎年当番がまわってくる。現在の山車は旧京町二丁目の山車を使用、太鼓は京町一丁目・二丁目を使っており、どちらも以前の町内会のものを大事に使用し現在に続いている。京町銀天街の特徴のひとつでもある踊るようなカンの打法は、旧京町一丁目・京町二丁目・京町三丁目の打法でもある。各町内少しずつ違ったが、どの町内も「踊るような」という特徴は同じだったようだ。今もカンの基本的な打法は変えておらず、今日に継承している。